I バイオテクノロジーに関する一般的質問
1. 遺伝子組換え技術
Q1 遺伝子組換え技術には、どのようなメリットがあるのか。
Q2 遺伝子組換え技術は、従来の植物育種技術と異なるのか。
Q3 遺伝子組換え技術の食品への利用には、どのようなメリットがあるのか。
Q4 遺伝子組換え技術は環境問題の解決にも役立つと言われているが、具体的にどのような可能性があるのか。
Q5 遺伝子組換え技術は、農業・食糧問題、環境問題の解決以外にどのようなメリットがあるのか。
Q6 Btトウモロコシが、オオカバマダラの幼虫の生育に影響を及ぼす可能性はあるのか。
Q7 Btトウモロコシの栽培が、トウモロコシ畑の土壌生態系、及び周辺の植物に影響を及ぼす可能性はあるのか。
Q8 Bt毒素に限らず、殺虫毒素を発現する遺伝子組換え植物が、非標的生物へ影響を及ぼす可能性はあるのか。
Q9 Bt作物は、Bt毒素を定常的に発現するため、従来のBt製剤に比べて耐性昆虫の発生が速くなる可能性はないのか。
Q10 遺伝子組換えナタネ等と近縁種との交雑の可能性について、どう考えればよいのか。
Q11 遺伝子組換え植物そのものが雑草化する可能性はあるのか。また、近縁の雑草との交雑により、除草剤耐性のスーパー雑草が生じることはないのか。
Q12 現在の遺伝子導入法では、狙ったところに遺伝子を導入することはできないが、遺伝子組換え植物の実用化に問題はないのか。
Q13 遺伝子組換え体の作製において、目的遺伝子とともに一般的に組み込むプロモーター配列が、silent gene(沈黙遺伝子)の発現に影響を及ぼす可能性はないのか。
Q14 病害虫抵抗性の遺伝子組換え植物の作出により、病害虫と遺伝子組換え作物との間の「軍拡競争」は起こるのか。
Q15 遺伝子組換え微生物の開放系利用(バイオレメディエーション等)に伴って、遺伝子の水平伝達や微生物相への影響はないのか。
Q16 マーカー遺伝子(抗生物質耐性遺伝子)が土壌細菌に伝達し、抗生物質耐性菌が発生する可能性はないのか。
Q17 ウィルス抵抗性の遺伝子組換え作物の利用により、新たなウィルス系統が出現する可能性やウィルスの宿主範囲が拡大する可能性はあるのか。
Q18 遺伝子組換え体が近縁種と交雑することによって、遺伝子汚染が進む可能性はあるのか。
Q19 遺伝子組換え作物の栽培拡大に伴い、各地の野生種が失われ、遺伝的多様性が減少し、遺伝的脆弱性が増大する可能性についてどう考えればよいか。
Q20 環境修復のために大量の遺伝子組換え体(例:耐乾燥性・耐塩性植物)を新たな環境に導入することにより、在来の希少種等が失われる可能性はないのか。
2. 遺伝子組換え食品
Q21 「実質的同等性」とはどのようなものか。
Q22 実質的同等性に基づいた遺伝子組換え食品の安全性評価はどのように行われているのか。
Q23 遺伝子組換え技術を用いることで、新たなアレルゲンが作られる可能性はあるのか。
Q24 現状のアレルゲンの試験で行われている人工胃液による消化実験に問題はないのか。
Q25 英国で、レクチン遺伝子導入ジャガイモをラットに食べさせたところ、免疫機能の低下が見られたと報告があったが、遺伝子組換え食品の安全性に問題はないのか。
Q26 植物内のマーカー遺伝子(抗生物質耐性遺伝子)の産物を摂取することにより、体内で抗生物質が効かなくなる可能性はないのか。
Q27 植物に組み込んだ抗生物質耐性遺伝子が、人間の体内で水平移動することはないのか。
Q28 遺伝子組換えによるその他の未知の影響(予知できない毒性物質の産生など)はあるのか。
Q29 日本で安全性が未確認の遺伝子組換え農作物が食品に混入している可能性はあるのか。また、未承認の遺伝子組換え農作物の輸入による侵入を確認・規制する制度はあるのか。
3. 遺伝子組換え技術の社会
経済的側面
Q30 遺伝子組換え技術(あるいはバイオテクノロジー)により、世界の食糧危機を回避する可能性についてどう考えればよいのか。
Q31 遺伝子組換え技術は一部の企業によって独占されており、遺伝子組換え作物の栽培拡大に伴って企業の食糧支配が強まるのではないか。
Q32 ターミネータ・テクノロジーにより、企業が種子を独占供給するようにはならないのか。
Q33 企業による農薬と遺伝子組換え作物のセット販売に問題はないのか。
Q34 除草剤耐性作物の栽培により、逆に除草剤の使用量が増える可能性はないのか。
Q35 遺伝子組換え技術が、発展途上国における自立した伝統的な農業システムを奪う危険性はないのか。
4. バイオテクノロジーの倫理的側面、その他
Q36 遺伝子操作を行うことについて、倫理面での問題をどう考えればよいか。
Q37 クローン人間の作製について、倫理面での問題をどう考えればよいか。
Q38 ヒトのゲノム解析を行うことについて、倫理面での問題をどう考えればよいか。

II 個別テーマに関するさらに詳しい質問
1. 遺伝子組換え技術
Q39 ヨーロッパ・コーン・ボーラーのBt耐性の遺伝が不完全優性であるとの報告があるが、劣性遺伝を前提とするhigh dose/refuge strategy(高用量/保護区戦略)を見直す必要はないのか。
Q40 Bt毒素を食べたBt耐性幼虫は生育が遅れるとの報告があるが、耐性昆虫と感受性昆虫がランダム交配することを前提とするhigh dose / refuge strategy(高用量/保護区戦略)の効果に影響はないのか。
Q41 遺伝子組換えシロイヌナズナの交雑率が非組換え体に比べて有意に高いという報告があったが、遺伝子組換え植物の交雑性についてさらに検討を行う必要があるのではないか。
Q42 遺伝子組換え樹木は、寿命が長く、栽培環境も遠隔の森林であることから、管理とモニタリングが困難であるが、環境への影響についてどう考えていけばよいのか。
2. 遺伝子組換え食品
Q43 遺伝子組換え食品のアレルギー性について、多様な免疫系への影響を考える必要はあるのか。
Q44 アレルギー反応には感作時間が非常に長いものがあるが、遺伝子組換え食品中の新しいタンパク質についても、長期間の試験を行う必要はないのか。
Q45 マーカーとして抗生物質耐性遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え食品について、腸内細菌への影響によりアレルギー反応が増加する可能性はないのか。

III その他(クローン、ゲノム解析、遺伝子治療等)
Q46 クローンの技術的な問題点が指摘されているが、クローン技術の利用と安全性の現状、及びその必要性についてどう考えればよいか。
Q47 クローン技術やゲノム解析のヒトへの応用に関する指針や規制はあるのか。
Q48 ヒトへの異種移植の安全性についてどう考えればよいか。
Q49 遺伝子治療では、どれくらい治療効果が認められているのか。
Q50 遺伝子治療の安全性などの問題点についてどう考えればよいか。


 
Q6. Btトウモロコシが、オオカバマダラの幼虫の生育に影響を及ぼす可能性はあるのか
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解説
 Bt植物とは、土壌細菌であるBacillus thuringiensis(枯草菌の近縁種)の殺虫性タンパク質の遺伝子が導入された害虫抵抗性植物である。
 Bacillus thuringiensisが産生するδ−エンドトキシン(一般にBt毒素と呼ばれる)は、特定の種類の昆虫(鱗翅目昆虫など)にだけ殺虫性を示し、それ以外の生物に影響を及ぼすことはない。Bt毒素は、(1)アルカリ性の消化管(中腸)内で完全に消化されず限定分解を受け、毒性をもつ特定のペプチドが残り、(2)消化管粘膜にあるこの毒性のペプチドの受容体(receptor)と結合して腸管細胞を破壊することにより殺虫性を示す。鱗翅目昆虫などではBt毒素が殺虫性を示すための条件が揃っている。
 昆虫学者であるLoseyらは、このBt毒素を発現する遺伝子を導入したトウモロコシの花粉を人為的に付着させたトウワタの葉で、希少種のオオカバマダラの幼虫を飼育したところ、生育障害が見られたと報告した。この報告から、Bt植物が非標的昆虫へ影響を及ぼす可能性が懸念されている1)2)

Answer
Btトウモロコシのオオカバマダラの幼虫への影響について
 Btトウモロコシが標的昆虫(害虫)であるアワノメイガと同じ鱗翅目であるオオカバマダラに影響を与えるのは当然予想されることである。一方、トウモロコシの花粉飛散には時間的・空間的な限界があり、コーンベルト地帯とその周辺にいつでも大量に花粉が飛散してオオカバマダラを含む鱗翅目昆虫の幼虫を全滅させることは考えにくい。花粉の毒性についても、Loseyの実験データなどから考えるとそれほど強くはないと考えられる。さらに、この研究は実験室内での限定的な結果であることや、Btトウモロコシの花粉の用量−反応関係についてのデータが不十分であることを考えると、直ちに生態系への影響を裏付けるものとは言えない。この点については実験実施者のLoseyも認めている。
 また、Btトウモロコシの花粉の飛散時期とオオカバマダラの生育時期が違うことやオオカバマダラの減少は生育適地の減少など他の要因が大きく影響していることも指摘されており、実際の自然生態系におけるBtトウモロコシの花粉の影響はほとんどないのではないかという意見もある3)

結論

 この論文の結果は短期的な観察に基づく予備的なものではあるが、遺伝子組換え産物の非標的昆虫への影響を指摘した点では重要である。特にこの例では、オオカバマダラという絶滅危惧種に指定されているチョウが死んだという点が重要である。以上の点から、米国および日本では以下のような動きがある。

  • 米国EPAでは、1999年12月にBtトウモロコシの栽培に関するプロトコルとデータの提出を求める"Bt Corn Data Call-In"を発表している4)。この文書では、Btトウモロコシ栽培地近くのトウワタやオオカバマダラの個体群の分布、トウワタへのBtトウモロコシの花粉飛散量、また、オオカバマダラの幼虫の摂食行動などのデータを収集することを企業に対して求めている。

  • 日本では、現在、Btトウモロコシの商業栽培は行われていない。しかしながら、農林水産省は今後の安全性確認に備えるため、花粉中でBt毒素を発現するものの安全性評価に係る現状の評価項目に、新たに項目を追加した5)。新たに追加された項目は、(1)Btトウモロコシの花粉中のBt毒素の発現量、(2)Btトウモロコシの花粉の大きさ・花粉稔性・花粉量・開花時期・期間等の生殖特性である。また、この生殖特性が従来品種の変異の幅を超える場合は、花粉飛散距離及び花粉落下数とこれらの関係、及び環境庁のレッドデータブックに記載された絶滅危惧種・危急種・希少種の鱗翅目昆虫への影響(特に開花時期が従来品種の変異の幅を超える場合のみ)を評価しなければならない。

 この件について現状のデータのみで議論することは難しいが、今後、長期的なレビューを行うことにより科学的なリスク評価を進めることが重要であると考えられる。


参考文献
1) J. E. Loseyら、Nature, Vol.399, 214, 1999
2) 日本農業新聞、1999年5月21日
3) E. Niilerら、Nature Biotechnology, Vol.17, 1154, 1999
4) EPA、「Bt Corn Data Call-In 12/15/99」
(1999年12月15日、http://www.epa.gov/pesticides/biopesticides/otherdocs/bt_dci.htm
5) 農林水産省、「害虫抵抗性遺伝子組換えトウモロコシの安全性確認について」
(2000年3月14日、http://ss.s.affrc.go.jp/docs/sentan/intro/press0314bt.htm
6) 山田康之ら、「遺伝子組換え植物の光と影」(学会出版センター)


更新日: 2006年10月25日


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