技術紹介

Technology Introduction

導入遺伝子配列設計技術

亀田 倫史
国立研究開発法人産業技術総合研究所 人工知能研究センター
主任研究員

theme

この技術でできること

遺伝子配列を改変することにより、タンパク質発現量を制御(増大・減少)させる。

使用された技術活用事例有用芳香族化合物

技術紹介

微生物を用いた物質生産において、対象の微生物に異種由来の遺伝子を導入することで、その微生物が本来持たないタンパク質を人工的に生産させるケースがあるが、その際、目的タンパク質の生産量を向上するために、導入遺伝子のDNA配列を適切に設計する工程(コドン最適化)が重要となる。従来のコドン最適化の研究は大腸菌などの実験が行いやすい研究用の微生物を対象としており、バイオ産業の物質生産の現場で用いられる放線菌などの産業用微生物については確立されたコドン最適化手法が存在しなかった。我々は産総研が所有する大規模なタンパク質生産実験データから情報解析によるルール抽出を行うことで新しいコドン最適化手法を開発し、その有効性をRhodococcus属放線菌において実証した1)。本手法は、放線菌以外の様々な宿主における物質生産にも応用可能であり、実際に効果を確認している。また、設計された遺伝子配列は元の配列に対して先頭部分のみにしか変異を含まないため、安価な実験コストで合成することが可能である(図1)。

本研究1)では、産総研が所有するRhodococcus属放線菌におけるタンパク質生産実験データの情報解析を行った。このデータは、204個の遺伝子について、遺伝子配列とタンパク質生産量が紐付いたデータとなっている。遺伝子配列から様々な配列特徴量の計算を行い、タンパク質発現量と配列特徴量の相関を評価した。その結果、遺伝子配列の先頭部分におけるmRNAの2次構造形成度およびCodon Adaptation Index(CAI)という配列特徴量が、タンパク質生産量と高い相関を示した。この結果に基づき、2次構造を取りにくく、なおかつCAIが高くなるように遺伝子配列を設計する新しいコドン最適化手法を開発した。本手法では、まず元となる遺伝子配列に対して、タンパク質のアミノ酸配列が同じでコドンの使用パターンのみが変更されたDNA配列をコンピューター上で有り得る全通り生成する。次に、生成したそれぞれの配列に対して、先頭部分におけるmRNAの2次構造形成度とCAIを計算する。これにより、CAIが指定された閾値以上に高く、なおかつ2次構造を最も取りにくいような最適配列を探索する。一般に、ある遺伝子配列に対してコドン使用パターンの変更されたDNA配列は膨大な数が存在するため、このような探索問題は非常に長い計算時間が必要となり実用的ではない。今回、産総研所有データの情報解析によって、遺伝子配列の先頭部分がタンパク質発現量に特に重要であることが示された。これにより探索範囲を配列先頭部分のみに絞り込むことで計算の高速化が可能となり、本手法を実現することができた。以上のように、実験データ取得と情報解析を密に連携させることで、これまでにない新しいコドン最適化手法の開発に成功した。

本手法の有効性を検証するために、12個の遺伝子について配列設計を行い、Rhodococcus属放線菌に導入してタンパク質生産量を評価した。各遺伝子について、CAIの閾値設定を様々に変えて、タンパク質生産量を向上させる配列6種類、低下させる配列3種類を設計し、野生型配列9と比較する実験を3回ずつ実施するという大規模な検証を行った(12遺伝子×10配列×3回=360実験)。その結果、9個の遺伝子(75%)で野生型配列よりも生産量を向上することに成功し、さらにCAIの最適な閾値設定についても明らかになった(図2)。特に、野生型配列でのタンパク質生産量が少なかった5個の遺伝子については、全て(100%)において配列設計による生産量の改善が見られた(図3)。この結果は、本手法が生産の難しいタンパク質に対して特に有効であることを示している。また、タンパク質生産量の低下については、12個の遺伝子全てについて、期待通りに生産量が減少した。また、本手法の設計される配列が野生型配列に対して先頭部分のみに変異を含むことにはもう1つ利点がある。(図1)。それは、設計配列を合成する際には、全長遺伝子合成のようなコストの高い方法ではなく、変異導入プライマーによるPCRみで可能な非常に簡便で安価な方法を用いることができることである。さらに、本手法はCAIを対象の微生物に合わせることで、Rhodococcus属以外の様々な微生物にも適用することができ、実際に、その効果を確認している。

図1.情報技術による遺伝子配列設計でタンパク質生産量を向上

図2.遺伝子配列設計によるタンパク質生産量向上の有効性検証

図3.野生型配列でのタンパク質生産量が少ない遺伝子の配列設計による改善例

最終更新日:2022年11月14日 12:35