技術紹介

Technology Introduction

高精度メタボローム解析技術

蓮沼 誠久
神戸大学 先端バイオ工学研究センター
センター長・教授

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この技術でできること

ロボットによる再現性の高い多検体処理、水溶性代謝物の網羅的な検出により、物質生産に適した培養条件や細胞の把握、代謝生合成経路のボトルネック反応の同定が可能になる。細胞の物質生産能力と遺伝子改変の因果関係を明らかにできる。

使用された技術活用事例有用芳香族化合物ω-3系多価不飽和脂肪酸含有油脂

技術紹介

メタボローム解析は、細胞内に存在する多様な代謝物の蓄積量(プールサイズ)を一斉に明らかにする技術である。得られたメタボロームデータには、細胞の生育環境や遺伝的背景が反映されるため、メタボローム解析を行うことで物質生産に適した培養条件や細胞を知ることが可能になる1)

またつまり、安定同位体標識した炭素源(13C)や窒素源(15N)を培地に添加し、代謝物の同位体標識率を経時的に測定すれば、網羅的に代謝物のターンオーバーを網羅的に明らかにする知ることができる。この手法(動的メタボローム解析法)を用いれば、代謝生合成経路のボトルネック反応(律速反応)を明らかにすることができる。律速反応が同定できれば、遺伝子工学により律速を解除することで細胞の生産性を向上させることができる2)

近年の微生物育種では、1)バイオ情報を利用して計算機内で組換え微生物の代謝等を設計(Design)し、2)カタログ化したDNAパーツとロボティクスを活用して多様な微生物を構築(Build)し、3)目的物質の生産性を短時間で評価(Test)し、4)評価結果と当初設計の差異を計算科学的に解析(Learn)することで、次のDesignにつながる、というDBTLサイクルが確立されつつある1)

メタボローム解析がDBTLのTestに組み込まれると、生産性向上のメカニズムを類することが可能になるため、Designの質が向上し、サイクルの回数を減らす(微生物の育種期間を短縮する)ことが期待される。

しかしながら、メタボローム解析にはスループットやデータ精度の面で課題がある。具体的には、①細胞から代謝物を抽出する前処理工程が手作業で煩雑なため時間がかかり、再現性が低い、②代謝物の検出システム(LC-MS/MS)に添加するイオンペア剤が検出感度と精度を低下させる、③一斉定量できる代謝物の数が100程度しかなく、重要な微量代謝物が測定できない、といった点である。世界的に見ても、メタボローム解析のDBTLへの実装は成功していない。

そこで我々はまず、前処理を自動で行うロボットを開発した(図1)。この自動前処理システムはサンプリングユニットと抽出ユニットから構成され、サンプリングユニットは12連のバイオリアクターから一定間隔で細胞懸濁液を採取し、直ただちに代謝反応を停止させる。抽出ユニットは、細胞を回収した後、培地の除去、代謝物の抽出を行う。

実際に、出芽酵母を実験材料として抽出ユニットの性能を評価したところ、熟練者で3時間かかる工程を1時間程度に短縮した。終夜運転も可能であるため、人間の10倍以上の処理速度(288サンプル/日)を実現できる。

図1.メタボローム解析用自動前処理ロボット

自動化は処理速度だけでなく、精度も向上させた。従来の前処理では、代謝反応の停止、停止直後の代謝物の漏出抑制、培地の除去、代謝物の効率的抽出、脂質・ペプチド系夾雑物質の除去、抽出した代謝物の変質抑制等、多くの点に配慮が必要なため作業が煩雑化し、再現性の低下につながったが、この問題が克服された。また、バーコード読取り機の実装により、膨大な試料およびデータの管理が容易になった。

前処理後の分析については、イオンペア剤を添加しないLC-MS/MSシステムを構築してS/N比を向上させた。また、微生物スマートセルの設計に必要な水溶性代謝物158成分の分離・検出を可能にした。

メタボローム解析では試料ごとに多種の代謝物の同定、相対定量を行うため、データ処理量が膨大になる。そこで、クロマトグラムからのピークピッキングを支援し、解析結果を代謝マップ上に投影する情報解析システム(図2)を構築している。

図2.開発したシステムにより測定可能な水溶性一次代謝物の代謝マップへの投影

近年、バイオ技術を利用した物質製造プロセスへの関心が高まり、バイオ生産の評価は重要性を増している。微生物の育種では、代謝制御メカニズムに関する知見が不十分であり、従来、代謝改変戦略を複数提案できても、最適解を導出することはできなかった。

当該技術の開発を通して、再現性の高いメタボロームデータを大量に得ることにより、ブラックボックスだった代謝制御メカニズムを明らかにし、メカニズム解析を組み込んだDBTLサイクルを開発していきたいと考えている。これにより、画期的な生産株(スマートセル)が短期間で次々に創出されることが期待できる。

関連特許

特願2018-134171
特願2018-134174
特願2018-134169
特願2018-134177
特願2018-134179
特願2018-207920

最終更新日:2022年11月14日 11:49