第8回バイオインダストリー大賞受賞者インタビュー | 一般財団法人バイオインダストリー協会[Japan Bioindustry Association]
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第8回バイオインダストリー大賞受賞者インタビュー

   

9256b650e1e1d6aefb55444c98263d96fc054738.jpg "最先端の研究が世界を創る─バイオテクノロジーの新時代─" をスローガンに創設されたバイオインダストリー大賞は今年で第8回を迎えた。6 月に開催された大賞選考委員会にて、「ロドプシンの構造と機能の解明に基づく視覚再生への展開」の業績に対して、神取秀樹氏(名古屋工業大学大学院工学研究科 特別教授、オプトバイオテクノロジー研究センター センター長)に第8回「バイオインダストリー大賞」を授与することを決定した。7 月12日に大賞受賞者に対するインタビューを実施し、研究の歩み、基礎科学への情熱、そして産学連携の重要性と今後の展望についてお聞きしました。

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神取 秀樹 氏

「受賞が決まって」

 バイオインダストリー大賞の受賞連絡を受け大変驚きましたし、とても嬉しく思っています。現在所属する名古屋工業大学の学長に推薦をいただいたとはいえ、自分の研究が社会実装を重視するバイオインダストリー協会から評価されるとは、本当に驚いています。私は常日頃から学生に対して「面白い研究をしよう」と言い続けている一方、「役に立つ研究をしよう」とは一度も言ったことがないため、バイオの分野における産業化推進活動でバイオインダストリーの発展に大きく貢献した方々が受賞されている賞をいただけるとは思ってもいませんでした。
 今回の受賞に関する基礎研究の応用展開には多くの方が関わっておられます。感謝の気持ちでいっぱいです。

基礎研究から社会実装への道程

 基礎研究の重要性を強調しつつも、その成果が社会実装に結びついていることについて、私の研究の出発点は、物事の根源的な部分を明らかにしたいという純粋な好奇心から始まりました。理学部で物理学を学んだのも、自然現象の真理を探りたいという好奇心からです。大学院で生物物理学という学問分野に出会い、そこで始めた視物質ロドプシンの研究がライフワークとなりました。
 私の専門は、光応答性タンパク質ロドプシンの分子メカニズムの解明という純然たる基礎研究(図)ですが、基礎研究を続ける中で偶然にも応用領域に自然に結びつく発見が生まれてきました。例えば、光遺伝学や視覚再生といった応用分野に、私の基礎研究の成果が活用されています。基礎研究から社会実装への進展という点では、研究で社会の役に立つことを目指して頑張ってきたというよりも、物事の根源的な真理の追求から生まれた知見が応用志向の方々の目に留まり、大勢の方の力を借りて産業利用への展開が進んでいったという感じです。
 私自身は昔も今も、そして将来も常に純粋に基礎研究を楽しんでいます。基礎研究の目的は新しい知恵を発見することです。そこで発見された知見がたまたま応用研究に役立つことになれば、それは一石二鳥です。例えば、光遺伝学のツールとしてロドプシンが使用されたことで視覚再生の応用が進んでいることがその最たる例です。

ロドプシンとの出会いとその魅力

 ロドプシンの構造と機能の解明にのめり込むきっかけとなったのは、大学院生の頃、視覚の初期過程研究に必要な超高速分光計測技術との出会いでした。視覚のメカニズムは物理、化学、生物、さらには哲学にまで広がる幅広いテーマですが、私は視覚の起源となる物理現象に強い興味を持ちました。光が目の中に入ると、それを受け取るセンサーがあります。それがロドプシンです。ロドプシンに光が入ったとき、最初に何が起こるのかという部分に強い関心を持ち、その現象を把握したいと思いました。それを明らかにするためには、高い時間分解能のレーザーを用いた測定と解析が必要となります。私は物理学教室でレーザー解析の原理を学びましたが、当時、ピコ秒レーザー(パルス幅25 ピコ秒)が理学部・物理学教室にも理学部・化学教室にも工学部にもなくて、生物系である理学部・生物物理学教室に京都大学内で唯一あることを知り、それを大学院のテーマにしようと考えたところから私のロドプシン研究が始まりました(ただし、目の中で起こる反応はさらに100 倍以上速く起こることが後でわかりましたが)。
 超高速分光計測を大学院生、ポスドク時代に行った後、出身研究室で助手になることができ、そこで赤外分光計測を始めました。ロドプシンの中では実に不思議な化学反応が起こりますが、それを実現するのがタンパク質です。赤外分光は、ロドプシンの内部で起こる化学反応やタンパク質の構造変化を捉えるのに極めて有用でした。超高速分光計測、赤外分光計測、いずれの場合も私自身は、手法そのものを開発することではなく、試料を含めた測定系を最適化することによって、他では得られないオンリーワンのデータを得ることを得意としてきました。例えば、ロドプシンに結合したわずか1 個の水分子を捉える赤外分光計測を世界で初めて実現しましたし、色を識別する視物質の構造解析は、現在も世界で我々だけが行っています。生物学であり物理学であり化学でもあるロドプシンのメカニズム研究という境界横断的な領域の学問が自分には合っていた、といえるのかもしれません。これらの技術によって、タンパク質の微細な動きを捉え、未解明の現象を明らかにすることができました(図)。

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図:光遺伝学的視覚再生の現状での問題点とロドプシンの構造と機能の研究

ロドプシン研究の真骨頂1「ロドプシン新機能の発見」

 ロドプシンの研究を進める中、光駆動ナトリウムポンプ、酵素ロドプシン、ヘリオロドプシン、光感度の高い新規チャネルロドプシン(GtCCR4)(表)といった新たなロドプシンの機能を発見しました。新発見の論文はほとんど共同研究(東京大学、カナダ、イスラエル)の成果であり、よい共同研究相手に恵まれた結果といえます。その中でGtCCR4 は私の研究室だけの単独発表でしたが、実は、これは敗北者としてのスタートだったのです。アミノ酸配列的にチャネルではなく、一方向に水素イオンを輸送するポンプに似ていながら、チャネルとして機能する新規チャネルロドプシンをクリプト藻から発見しました。その論文発表を準備している中、2016 年、米国のグループにGtCCR1-3 を先に発表されてしまいました。失意の中、日本生物物理学会の英文誌に我々のロドプシンGtCCR4 を2017 年に発表し、2019 年、2023 年の論文で光感度の高さを報告したところ、その高い光感度が光遺伝学のツールとしての高い可能性を持っていると注目されたのです(表)。
 GtCCR4 の光感度が、チャネルロドプシンの中で最高レベルのものであった時は、感動というよりは、なぜそうなるのかと不思議さに首をひねりました。ロドプシンの光感度は、最初の異性化効率とチャネルの開く時間だけによって決まると考えられていただけに、現実的になぜ大きな光感度の違いが得られるのか、現在も完全な理解は得られていません。
 我々は光感度の高さについてのメカニズム研究も鋭意進めており、最近の論文で「回復時間」という新しい考え方を提案しています。チャネルが閉じた後、ロドプシンが完全に元の状態に戻るまでの時間が「回復時間」であり、これが小さいほどすぐに次の光反応を始められるため感度が高くなるというものです。GtCCR4 は「回復時間」がほとんどなく、これが光感度の高さにつながったのではないかと考えています。

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表:新規チャネルロドプシンGtCCR4とキメラロドプシンの整理表

ロドプシン研究の真骨頂2「ロドプシン新たな機能の創成」

 GtCCR4 をはじめとする新しいロドプシン機能の発見と共に、プロトンポンプやクロライドポンプの機能転換、内向きプロトンポンプ、光駆動カリウムポンプ、光駆動セシウムポンプ、キメラロドプシン(表)といった新規機能の創成も重要なポイントです。プロトンポンプをクロライドポンプに機能転換したのは1995 年、京都大学・助手時代の米国との共同研究でした。これが世界で初めてのロドプシンの機能転換として注目され、以来、様々な機能の創成に挑戦しました。特に内向きプロトンポンプについて、生体エネルギーであるATP 産生と競合するため、内向きのプロトンポンプは自然界には存在しないと考えられていました。私は自然界に存在しない内向きプロトンポンプをぜひ創成したいと考え、研究室の大学院生が2009 年にそれを達成しました。結局、その7 年後に自然界に存在することを自ら突き止めたのですが、自然界に存在する意味はいまだによくわかっていません。

視覚再生治療の新たな展望

 今、我々の研究は基礎から応用へと広がりを見せており、特に視覚再生に関する研究は、大きな注目を浴びています。視覚再生に関しては、網膜色素変性という遺伝性の視覚障害(患者数は日本人で3 万人、国際的に150万人以上)に対して、ロドプシンを用いた光遺伝学的視覚再生の研究が進んでいます。この研究により、失明した患者さんが再び光を感じることができるようになるかもしれないという希望があります。しかしながら、研究の進展の中で、従来技術では屋外の明るい環境下でしか視覚再生が実現できないという問題点が明らかになってきました(図)。我々の視物質ロドプシン自体はイオンを運ばず、Gタンパク質の活性化を介した2 段階の増幅過程により視細胞のチャネルが制御される結果、我々は暗所でもものを視ることができます。一方、光遺伝学的視覚再生でのチャネルロドプシンの光応答には増幅過程が存在しないため、暗いところで働くための感度が十分ではなかったのです。
 このような現状のもと、先に述べた新規チャネルロドプシンGtCCR4 の高い光感度は驚くべき発見であり、視覚再生の応用に向けた大きな一歩になると考えています。光感度の高さが極めて重要であり、GtCCR4 は非常に高い光感度を持ち、従来のチャネルロドプシン よりも数十倍効率的に機能します。この高い光感度のおかげで、室内光のようなより少ない光量でも視覚再生が可能になると期待されています。これによって、従来技術では屋外の明るい環境下でしか視覚再生が実現できなかったところを室内の照明環境でも効果を発揮する可能性がでてきて、患者さんの生活の質を大幅に向上させることが近い将来に実現できるのではないかとワクワクしています。
 さらに、遺伝子工学的手法を用いて創成した動物と微生物のキメラロドプシンも注目されています。このキメラロドプシンは、もともと何かに役立てようと考えて始めた研究ではありませんでした。動物と微生物のロドプシンは共通して語られますが、配列に相同性はなく、進化的な起源は異なると考えられています。そんな中、プロトンポンプとしてはたらく微生物ロドプシンに動物ロドプシンの細胞内ループを導入したところ、このキメラロドプシンは光依存的にG タンパク質を活性化できることがわかりました(表)。動物と微生物ロドプシンの構造変化に共通性があることが明らかになったのです。一方、G タンパク質の活性化の程度が視覚のロドプシンよりも遥かに小さかったため、応用への可能性は低いと考えていました。2011 年と2014 年に論文を発表した直後の2015 年6 月、慶應義塾大学医眼科教室でグループリーダーとなった栗原俊英准教授の訪問を受け、視覚再生応用のためのツールの可能性を問われる中でキメラロドプシンを紹介したところ、事態は急展開しました。慶應義塾大学のグループは2016 年にベンチャー企業㈱レストアビジョンを立ち上げ、慶應義塾大学4 名と私による「視覚機能再生剤又は視覚機能低下予防剤」の特許を2017 年9 月に出願、2024 年1 月に登録、実際に失明マウスの視覚を再生したデータを掲載した論文を2023 年に発表し、早期治験を目指して進行中です(表)。
 人間の受け取る情報の8 割以上は視覚情報であり、いかにそれを保持するかが重要です。網膜色素変性による失明者を救うという観点からすると、ロドプシンを使った光遺伝学的視覚再生は切り札となる可能性があります。ただしこの技術だけが注目されるのは間違っています。ロドプシンを用いた光遺伝学的視覚再生は、視細胞を失いながら双極細胞や神経節細胞が残っている患者さんを前提としています。視覚情報の保持のためには病態の進行を抑制するのが最も重要であり、日本ではiPS 細胞を用いた優れた治療が行われています。完全に失明された方に光を届けることはインパクトがありますが、実際の患者さんは様々なレベルにあります。それを念頭に置き、緑内障や加齢黄斑変性なども含め、様々な視覚関連疾患の患者さんのQOL の向上を考えることが重要だと思います。

基礎研究から産学連携によるイノベーションへ

 基礎研究がそのまま実用化へとつながる過程について、偶然という表現を使いましたが、基礎研究から始まり、それが徐々に応用に展開されるのをみるのは非常に感動的です。私自身は常に純粋に基礎研究を楽しんでいますが、その成果が広がり、実社会で役立つ場面をみることができるのはとても嬉しいです。ロドプシンの基礎研究が光遺伝学や視覚再生に応用される過程を経験しましたが、それは研究者として非常にやりがいを感じる部分です。基礎研究と応用研究の融合を最近では意識して行動しております。産学連携とベンチャー支援の重要性もその1 つで、私の研究は、産学連携やベンチャー企業との協力によっても大きな進展を見せています。例えば、OiDE プロジェクト(1)の取組みは非常にポジティブな影響をもたらしています。OiDE は、アカデミアと企業の中間的な存在として、研究の成果を実用化するための重要なステップを担っており、私のプロジェクト(OiDEOptoEye)では、第一三共(株)が創薬の中心となり、三菱UFJ キャピタル㈱と名古屋工業大学が協力して進めてきました。このプロジェクトを通じて、前述した光遺伝学的な視覚再生のための新規チャネルロドプシンGtCCR4の高い光感度を活用するなど、新たなチャネルロドプシンの発見や実用化が進展し、視覚再生に向けた実用化が大きく進展しました(表)。
 また、前述の通り慶應義塾大学の眼科との共同研究では、㈱レストアビジョンによって実用化が進められ、キメラロドプシンを用いて、失明したマウスの視力を回復させることに成功しています。このように、産学連携によって基礎研究の成果が実用化されることで、社会に大きな貢献ができると考えています。  研究者が基礎研究を続ける中で、企業との協力により実用化への道が開かれるというのは素晴らしいことです。また、失敗を恐れず挑戦する文化が日本全体で広がることが重要だと感じています。産学連携は、基礎研究の成果を実社会に還元するためには不可欠で、私の研究成果も、企業との連携を通じて初めて実用化の可能性が広がりました。大学の研究室だけではできることに限界があるため、企業のリソースやノウハウを活用することで、より大きな成果を生み出すことができます。また、産学連携を進めるにあたっては、様々な困難に直面します。特に、研究のスピードや方向性に関する企業との調整が難しい場合があります。しかし、そうした困難を乗り越えることで、より大きなブレークスルーが生まれるものと信じています。

(1)Open innovation for the Development of Emerging technologies:主に日本の大学等が有する将来有望な実用化前の研究成果から、製薬会社の視点で画期的な創薬基盤技術に育成するプロジェクト

光遺伝学がもたらす医療技術の進歩と将来展望

 ところで、先に述べた光遺伝学とは、光によって活性化される生体のタンパク分子を遺伝学的手法によって特定の細胞に発現させ、その機能を光で操作する技術のことであり、光学(optics)と遺伝学(genetics)を組み合わせて光遺伝学(optogenetics)と呼ばれています。光遺伝学の進展により複雑な脳のネットワークを高い時空間精度で正確に操作することが可能となったため、脳機能の解明に大きな期待をされています。ロドプシンの構造と機能に関する基礎研究は、光遺伝学のツール開発をもたらします。さらに光遺伝学的視覚再生は、この基盤技術の直接的な医療応用をもたらし、視覚障害の方のQOL をあげることに貢献できることは大変喜ばしいことです。
 また、光遺伝学の技術は、視覚再生だけでなく、神経疾患や遺伝性疾患の治療にも応用される可能性があります。例えば、脳の特定の領域を光で制御することで、パーキンソン病やうつ病などの治療に貢献できるかもしれません。さらに、遺伝子治療と組み合わせることで、 個々の患者に最適な治療法を提供できるようになるでしょう。

科学研究の未来と若い研究者へのメッセージ

 若い研究者や学生に向けてメッセージとして、研究の世界はチャレンジングでありながらも魅力に満ちていることをお伝えしたいです。特に重要なのは『好奇心』です。子供のころから持っていた好奇心を忘れずに、1つの疑問に対して深く掘り下げていく姿勢を持ち続けてほしいと思います。そして、自分自身が『面白い』と思えるテーマに取り組むことが大切です。私の研究室では学生に対して、『私を驚かせてください』と常に言っています。先生の予想を超えるような研究成果を追求することで、本当に価値のある発見が生まれるのです。若い人には失敗を恐れずに、挑戦し続けて欲しいです。Curiosity-driven research is the name of the game. "When my students ask me what research they should do I tell them:'surprise me'", says Kandori.("Spotlight on Nagoya", Nature, 2009 年10 月8 日号抜粋)こそが全てです。

神取教授の哲学

 研究を楽しむということが一番大切です。研究者は常に新しいことを発見することを楽しむべきです。そして、研究成果が社会に役立つ場面を目の当たりにすることは、研究者にとって非常に大きな喜びとやりがいになります。研究というものに終わりはありません。あることが解明され扉が開かれたとしても、また次の未知なる扉が現れます。次から次へと何度でも繰り返し未知なる扉を開けることに挑戦し続けることが研究の醍醐味です。私自身は、今後も引き続きロドプシンの分子メカニズムを深く掘り下げていくことを目指していきます。特に、新しい解析技術を用いて未解明の現象を明らかにすることに挑戦していきたいです。また、ロドプシンの応用分野についても、さらに広がりを見せる可能性がありますので、他の生体分子との相互作用や、生体内でのロドプシンの役割についても研究をさらに掘り進めていく予定です。

- 神取教授の研究に対する情熱、好奇心、そしてそれが社会に与える影響について深く理解することができました。基礎研究の重要性を再認識し、その応用として今後どのように実用化されていくのか、ワクワクします。本日は素晴らしいお話をお聞かせいただきありがとうございました。

(聞き手=JBA広報部 大賞・奨励賞事務局/バイオサイエンスとインダストリー(B&I)誌 第82巻6号)

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