第5回バイオインダストリー大賞 特別賞受賞者インタビュー | 一般財団法人バイオインダストリー協会[Japan Bioindustry Association]
JBAからのお知らせ

第5回バイオインダストリー大賞 特別賞受賞者インタビュー

9256b650e1e1d6aefb55444c98263d96fc054738 (1).jpg2017年に創設された「バイオインダストリー大賞」、「バイオインダストリー奨励賞」は、今年で第5回を迎えた。
 6月に選考委員会が開催され、バイオインダストリーの発展のため新しい分野を拓かれた石原一彦 氏(東京大学 名誉教授/大阪大学大学院工学研究科 特任教授)の「バイオミメティック生体親和型ポリマーの創発・工業化と医療応用」の業績に対して、今回初めて、「バイオインダストリー大賞 特別賞」の授与を決定した。事務局では特別賞を受賞された石原氏に、受賞に至った業績の背景や苦労、大切にされている考え方、今後の方向性などについて、オンライン形式でのインタビューでお話をうかがった。

fd5f17688e89e6f8b39ab157a024fd42f5609727.jpg

石原 一彦 氏(東京大学/大阪大学大学院)

「ゼロから1」の研究と「1から1,000」の実用化で社会に貢献

◆この度の初めてのバイオインダストリー大賞受賞 特別賞受賞、おめでとうございます。一言ご感想をお願いします。

石原:バイオインダストリー大賞特別賞を受賞させていただきましたことは非常に光栄に思います。私は高分子化学の出身の工学系研究者ですが、その研究がサイエンスのみならず、バイオインダストリーという領域で評価していただいたことは非常に嬉しいことだと思いますし、少しでも社会に貢献できたということに大きな喜びを感じています。

◇論文を「疑ってみた」ことが研究のはじまり

◆受賞業績である「バイオミメティック生体親和型ポリマー」の研究に取り組まれたきっかけを教えて下さい。

石原:直接この研究に携わったのは、1987年に東京医科歯科大学に助手として赴任してからです。学生時代より光を当てると物性が変わるポリマー材料の研究や、細胞の分離機能を模倣した選択的人工分離膜の研究、アミノ酸を光学分割するDL分割膜の研究など、一貫して生体もしくは生物の持つ機能を人工的に作る「バイオミメティック」研究をやっていました。
 東京医科歯科大学では大きなテーマとして、血液が固まらない材料を作る、というものがありました。当時、 人工心臓や人工血管などバイオマテリアルの研究が進んでおりましたので、それをやろうと思い立った時に、当時の担当教授からいただいた論文に今回受賞の対象となるポリマー材料につながる基本的な内容が載っていました。ただその論文には、その材料を用いると、例えば溶血を引き起こす、血液凝固を生じてしまうなどと書かれていました。しかし、化合物の構造から考えて「そんなはずはない」と論文内容を疑ったところが大きなきっかけだったと思います。血液凝固の原因がポリマー原料の純度に問題があったのだろうと推察し、有機合成化学が得意な研究所に2年半ほど在籍していた経験を活かして研究を続けたところ、半年くらいたった時にフラスコの中に白い結晶ができました。この純度の高い化合物から得られたポリマー材料では、過去の論文に書いてあったこととは全く違って、血液に対して非常になじみが良いとか、体に対して非常に親和性が高いという性質が見つかりました。これがきっかけで「この研究を進めていける」「色々な性質をもった材料が作れる」と確信しました。

◆その後、この研究は順調に進んできたのでしょうか?

石原:決して順調ではなかったと思います。まず、基礎研究で得られたポリマーを品質管理しながら大量に合成、製造してくれるところを見つけなければいけませんでしたし、そのポリマーを医療に使うためには安全性を担保しないといけない、という高いハードルがありました。日本は非常に材料科学が進んでいますが、医療現場で利用されている医療機器やバイオ機器の多くが外国製で、海外が圧倒的に強いわけです。そのような状況で日本発のポリマー材料を医療機器として実社会にどのように展開するかについては大変苦労をしました。まず、(国研)科学技術振興機構の協力が得られ、国内化学企業とマッチングをしていただき、製造プラントを作るプロジェクトが始まりました。その後、まだ製造プラントができていなかったころ、イギリスのベンチャー企業から「このポリマーを5年後に2トン欲しい」と言われ、国内企業に無理をお願いして何とか作ってもらうようにしました。このイギリスの企業は、コンタクトレンズの材料、血管拡張ステント、人工肺などのメディカル用途で次々とこのポリマー材料の有用性を実証してくれました。その技術はその後、大手企業に引き継がれて、現在に至っています。基礎研究を最終的な製品までもっていくプロセスの中で苦労した点はあったと思っています。しかし「絶対に実用化しよう」という意志がありましたから、それほど大きな障害とは感じなかったように思います。

◇実用化のためのボトムアップ思考とトップダウン思考

◆石原先生がこの業績をあげられるために心掛けてこられたことはどんなことでしょうか?

石原:まず目的とするポリマーが作れること、そしてそのポリマーを精度良く作ること、そのために原料となるモノマーを大量に合成できる合成系を確立することを目標にしました。高機能のポリマー構造はかなり「決め打ち」で推定しました。最初にフラスコの中にできたモノマーは3g でした。純度の高い白い結晶で、それができた時は「これでなんとかなる」と思いました。1回できてしまうとあとはそれを最適化して、収率を上げていけばいいので比較的簡単です。すでにできた1を10、100、1000とスケールアップするのはそれほど難しくはないのですが、ゼロから1にするところが難しいし、大切です。
 ゼロから1を作るということは、ゼロからなので考えるベースが何もないということです。ですから、「やりたいことをやって」結果として「うまくいったね」となれば良い、ということだと思います。大学で研究をやっている人間の根本価値は、ゼロから1を作り出すところだと思っています。ただし、フラスコの中でいくら良いものを1mg 作っても、研究としては成立するかもしれませんし、論文を書くこともできるかもしれませんが、決して世の中には出ていきません。研究者というのはとにかく新しいものを作って、その精度を上げていくとか、純度を上げていくとかボトムアップ的な思考となりがちです。しかし、実用化のためには、その新しい1(3g)を1,000(2トン)にすることを見据えてトップダウン的な思考でものづくりすることが重要です。ゼロから1を作るときに、将来1,000になることを想像してボトムアップ思考とトップダウン思考の両方で研究を進めなくてはいけません。また、医療機器というのは製造のプロセスを変えてしまうともう一度認可を全部取り直さなければいけませんから、今ある医療機器製造法に容易に適用できるポリマーを作ることも意識して実用化を進めました。

◆受賞業績は社会的インパクトの大きなものですが今後医療機器はどのような方向に進化していくのでしょうか?

石原:医療機器はこれまでもたくさんの人の命を救ってきました。血液人工透析装置がまさにそれで、日本では30万人以上の方々が使っています。現在でも血液透析では抗凝固剤が必要ですし、週に3回クリニックに行って4~5 時間透析をしなくてはいけません。しかし、血液人工透析装置の性能向上のおかげで昼間は普通に動けるようになりました。患者さんの生活の質(QOL)改善にはさらに装置を携帯用にするとか、在宅で使用できるようするとか求められますが、それにあわせた医療機器に進化させていく必要があります。材料を改良し、医療機器が良くなると新しい治療法も可能となります。最近、我々の開発したポリマーを使った医療機器で、脳動脈瘤のより効果的で安全性が高いといわれる新しい治療法が創出できました。
 また、最近のトピックスは人工関節です。先日、ウィンブルドンのテニスを見ていますとイギリスのアンディ・マレーという元世界ナンバーワンの選手が出ていました。股関節が悪くて引退したのですが、人工股関節を入れて復活したのです。その人工股関節についても、我々のポリマー技術を用い潤滑特性を天然の関節と同等にする表面処理により、これまで10~15年しかもたなかったのが、摩耗などがほとんど出ないようにして数十年もつようなものができました。
 身近なところではコンタクトレンズです。コンタクトレンズは当初はハードコンタクトレンズ、それがソフトレンズになり、今はシリコーンハイドロゲルで、酸素透過性がよく、長時間装着できるようになりました。しかしながら装着感が悪いとか、汚れがつくとか課題が多かったのですが、我々のポリマーを表面コーティングすることで30日間連続装着可能という素材ができました。このように患者さんのQOLを高めていく上では新しい材料、新しい技術の展開は今後さらに重要になってくるのではないかと思っています。

◇日本発の材料が広く世界で使ってもらえるように

◆医療機器の進化と再生医療は今後どうすみわけていくのでしょうか?

石原:人工臓器は関節や心臓など機能の一部を代替し患者さんのQOLの向上に貢献しました。これからの再生医療は生理活性物質分泌などにより生体機能の調整も含めて機能を代替することになるかと思います。iPS細胞などの再生医療は1つの大きな医療の柱になるとは思っていますが、臓器という1つの器官を再生医療だけで実現するにはまだ時間を要します。バイオミメティクス材料技術は当面は人工臓器などの医療機器として活用されていくものと思います。また、iPS細胞を使って組織再生する際の、細胞の保存・輸送方法、常温・常圧で細胞を保つ技術、分化誘導の際の細胞の凝集体を作る技術、輸送するときのカプセルのようなものを作る技術などに我々の材料が使われています。当面、再生医療とバイオミメティクス材料技術は共存していくものと思います。
 脳の機能再生については、アメリカでは研究が進んでいて脳の一部の機能を補うところまできていて、視覚や聴覚について直接脳に刺激を与えてバーチャルな像を結びつかせるとか音を聞かせるというサポートはされています。しかしながら、自律して思考し、実行するところまではまだ難しいと思います。

◇今後石原先生はどのような活動に注力されていかれるのでしょうか?

石原:例えば、先ほどお話しした30日間連続装着可能なコンタクトレンズも法令により日本では最大14日間しか使えません。それは今まで30日間使えるものがなかったので、日本のレギュレーションではそういうカテゴリーがないのです。30日間使えるものが開発でき、日本にもってくる時には、技術革新に対応して法の整備をやってもらわなければいけません。私は法整備にはタッチできませんが、新しい医療機器研究ではたくさんの人に知ってもらうことが最も重要な点ですので、情報発信を一生懸命にやっていこうと思っています。もちろん、その時にいろいろな議論があるかと思いますが、そういう議論にも積極的に加わって、日本発の材料が世界で広く使ってもらえるように早くなればいいなと思っています。

◇「発想力」「そうぞう力」「挑戦力」で楽しく研究を

◆最後に次世代を担う若手研究者にむけてメッセージをお願いします。

石原:研究は自由なものですから是非楽しんでもらいたいと思います。研究に対する意識としては3つ大きなポイントがあり、「発想力」「そうぞう力(想像力と創造力)」、そして一番大切なのは「挑戦力」です。
 「発想力」というのは事実を積み重ねていって、そこに自分の考えたスパイスを振りかけることによって新しい味付けを作るということ、論文に書いてあることを100%信じず、疑ってかかって勘を働かせることもそうかもしれません。
 「そうぞう力」というのは、ひとことで言えば「夢を持つこと」で、研究の先の大きな夢を語れることだと思います。夢は実現するためにあるので、そこに向かって信念を持っていろいろと考えないといけないと思います。
 最後は「挑戦力」です。「挑戦することに対して失敗することはない」ということです。実験を繰り返して、間違ったことをやって結果が違ったとしても、もともとの考え方を修正すればいい話かもしれませんし、また、新しい大発見の入口に立っているのかもしれないという気がします。ですから、そういう挑戦を繰り返していくということです。
 研究は自由な発想をもって、周囲に惑わされず楽しむことが大切です。20年、30年かけて社会変革を生むような大きな発想力を持ち続けて欲しいと思いますし、取り繕った1つの小さな成功よりも真の大失敗にこそ価値があるということはたくさんありますので、失敗を恐れることなく経験をどんどん積んでいってもらえればいいかと思います。

―若い人たちへの本当に素晴らしいメッセージだと思います。今日は、本当にありがとうございました。

(聞き手= JBA 広報部 大賞・奨励賞事務局)


■第5回バイオインダストリー大賞 受賞者インタビューはこちら