第4回バイオインダストリー大賞受賞者インタビュー | 一般財団法人バイオインダストリー協会[Japan Bioindustry Association]
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第4回バイオインダストリー大賞受賞者インタビュー

9256b650e1e1d6aefb55444c98263d96fc054738.jpg2017年に創設された「バイオインダストリー大賞」、「バイオインダストリー奨励賞」は、今年で第4回を迎えた。
6月に選考委員会が開催され、大賞には北沢剛久氏(中外製薬(株) 研究本部 創薬薬理研究部長)をはじめとする中外製薬㈱と奈良県立医科大学グループの「血液凝固第Ⅷ因子機能を代替するバイスペシフィック抗体医薬の創製による血友病Aの治療革命」の業績が選ばれ、奨励賞には10人の若手研究者が選出された。
大賞受賞の皆さんに、受賞に至った業績の背景や苦労、研究と創薬への想い、今後の課題等について、コロナ禍のもとオンライン形式でのインタビューでお話を伺った。

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<上段左から>
 北沢剛久 氏(中外製薬(株) 研究本部 創薬薬理研究部長)
 吉岡 章 氏(奈良県立医科大学 名誉教授)
 野上恵嗣 氏(奈良県立医科大学 小児科 准教授)
<下段左から>
 服部有宏 氏(中外製薬(株) 研究本部 シニアフェロー)
 井川智之 氏(Chugai Pharmabody Research Pte. Ltd. CEO)
 嶋 緑倫 氏(奈良県立医科大学 副学長・医学部長)

「イノベーションは繰り返しチャレンジし、困難を何度も乗り越えて到達できるもの」

◇抗体分子の持つ多様な可能性への気づきが血友病治療の革命のはじまり

◆この度の大賞受賞、おめでとうございます。代表して北沢様に一言 ご感想をお願いします。

北沢:このたび、バイオインダストリー大賞という素晴らしい賞をいただき、本当に嬉しく思います。奈良県立医科大学(以下、奈良医大)の先生方および中外製薬のメンバーは、患者さんに画期的な新薬を届けようと、前例のない独創的なアイデアの実現を信じて、15年以上の長きにわたり研究開発をともに歩み、苦労も喜びも一緒に味わってきました。本業績は、多くの方々の熱意があったからこその成果であり、一緒にご尽力下さった方々に心から感謝しております。

◆受賞業績である「バイスペシフィック抗体による血友病の治療革命」の研究をはじめられたきっかけは何だったのでしょうか?

aa968bb8fbff1bb9d018086ef504d54573f433ce.jpg服部:この創薬アイデアを着想したのは2000年頃です。学生時代に血小板の研究をしており、入社後も血液凝固関連研究に携わり、血液凝固に関する知識や経験、その領域の多くの研究者・専門医とのネットワークができていました。
また、複数の抗体研究にも携わっていたため、抗体という分子の多様な可能性と限界も体得していました。「血液凝固反応や抗体分子に関する知識と経験」と「血友病Aのアンメットニーズとの遭遇」が融合した時に、私の中では比較的すんなり『抗体で血液凝固の第Ⅷ因子機能を代替する』という発想が生まれました。
つまり、血液凝固反応の中で活性型第Ⅸ因子が第Ⅹ因子を活性化するときに補因子として働く第Ⅷ因子の代替として、片方の手で活性型第Ⅸ因子、もう片方の手で第Ⅹ因子と、異なる標的を認識するようなバイスペシフィック抗体をつくればいいのではないかと考えたわけです。

「この発想はきっと実現する」と思っていたのは私だけだったようで、アイデア着想から上司等を説得してプロジェクト承認まで1年半かかり、さらに半年間着手できませんでした。要員確保もままならない中、さらに遅れるのも避けたかったので、北沢さんらと「イチかバチか」の賭けに出ました。
活性型第Ⅸ因子に対する抗体を23個、第Ⅹ因子に対する抗体を20個作製し、その組み合わせで460個のバイスペシフィック抗体をつくって活性を測定しました。すると、弱いながらも第Ⅷ因子代替活性を示す抗体が取れました。これは本当にラッキーで、もしここで新薬への可能性のある抗体が取れてなければこのプロジェクトは終わっていたと思います。
そのあと、当時別の研究で共同関係にあった血栓止血学の世界的研究者である三重大学・鈴木宏治先生に、奈良医大の吉岡先生を紹介いただき、御殿場の研究所から連絡したところ、「今すぐ来なさい」と言われ、研究所仲間と飛んで行きました。

ffbc07960be31fe3d34af18b0829157a9d5efd06.jpg吉岡:最初にこのお話を聞いた時、奈良医大は豊富な血友病治療の経験と研究実績はありましたが、バイスペシフィック抗体が第Ⅷ因子を代替してそのリン脂質膜上で2つの因子を橋渡しするという発想は、極めてユニークだと思いました。少なくとも私は「こんなことができるのか」、「目からウロコ」という感じがしました。「ひょっとしたら血友病治療の革命を起こせるかもしれない」と、身震いした記憶があります。

嶋:私もインヒビター*を保有する患者さんが出血のために亡くなったという苦い経験が何度かあり、それで血友病、特にこのインヒビターの患者さんの診療と研究をやってきたので、実現すれば患者さんもご家族も楽になる夢のような薬になると思い、ぜひ共同研究をしたいと思いました。
(*インヒビター:補充された第Ⅷ因子に対して生じる抗第Ⅷ因子中和同種抗体)

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◇ここで諦めたらこの画期的な薬は永遠に患者さんに届かない、自分たちでやるしかない

◆今回の受賞業績は非常に長期にわたる取組みの成果とお聞きしていますが、どのようなところで苦労されたのでしょうか?

服部:この「第1世代抗体」は改良を重ねてもin vitroでの活性が弱かったので、今度はその10倍、約4,000個の抗体を作製しました。APTT(血漿が凝固するまでの時間)を指標に選抜を行い、高い活性を示す「第2世代抗体」が取得でき、成功を確信しました。ところが、そのあとカニクイザルを用いたin vivoでの評価では安定な効果が検証できず、統計学的に有意な結果を確認できなかったため、このプロジェクトは2006年には中止に追い込まれてしまいました。

7baa7dfbc54c3ecce0389a3b530e68df36b17628.jpg嶋:服部さんらが来られて、「動物実験による評価で止血効果が安定せず、プロジェクトは中止です」という話を聞いて、私は本当にがっかりしました。この抗体製剤で血友病の治療も変わるし、しかも日本初の画期的な治療製剤だと非常に期待していたので、残念でした。

吉岡:中外製薬さんといえどもさらに膨大な新規抗体を作製し評価するのは難しいのかな、と少し弱気になりましたが、しばらくして再び服部さんが来られ、「再挑戦します、一緒にやりましょう」との言葉に大いに勇気づけられました。

◆中止に追い込まれた研究開発をどう復活させたのですか?

服部:プロジェクトが中止になって落ち込みましたが、チーム全員が「もう一回やりたい」という気持ちと顔つきだったので、「もう一度提案しよう」と。いかに多くの抗体を作製し評価するかを工夫し、さらに多くの型破りな発想も含めて「こんないろいろアイデアがあるからもう1回やらせて欲しい」と提案しました。意思決定メンバーから「1年半以内でリードとなる抗体がとれたら引き続きやらせてやる」と言われ、背水の陣で再開できました。

0c721dc218ecc80a17ed0f00034835c6194e1aeb.jpg北沢氏差し替えDSC_0429trimmed.jpg北沢:再チャレンジにおける抗体選抜方針を設定し、万単位のバイスペシフィック抗体を作製しリード抗体を選抜するという作戦をたてました。バイスペシフィック抗体の元となる抗体配列の多様性を確保するため、免疫する動物種もマウスに加えラット、ウサギへ拡大しました。
また、大規模スクリーニングを現実的なコストで行うために超小容量アッセイ法も確立しました。数多くの抗体をデザイン・作製してはアッセイする日々を半年以上続け、最終的に約4万種類のバイスペシフィック抗体を評価し、1つのリード抗体を選びました。
これができたのも「患者さんのために私たちがこのコンセプトを諦めるわけにいかない」という使命感と開発者の矜持がチーム全員にあったからだと思います。

fac21e79c58acc9327b87d4a37f837f9e3740e3a.jpg井川:リード抗体の最適化、つまりリードとして得られた抗体を医薬品として仕上げるプロセスから私は合流しました。2008年のことです。最初に「リード抗体よりも100倍以上第Ⅷ因子代替活性を増強させた抗体をつくってほしい」と言われましたし、活性の強さだけでなく、高濃度溶液に濃縮可能か、免疫原性は低いか、等要求される特性は多く、それらを同時達成するには非常に苦労しました。
最初のin vivoの結果が出てからさらに約1年かかりました。様々なアミノ酸改変を導入した抗体を合計で2,400個くらいデザインし、改変が導入された抗体を調製しては評価し、を繰り返し、最終候補10個くらいの中から「ACE910」という開発コードが付いたバイスペシフィック抗体「へムライブラⓇ」を選んだのが2010年でした。

◇うまくいかないことから学ぶ大切さ

◆失敗を乗り越え第3世代抗体が成功した大きな理由、ブレイクスルーのポイントは何だったのでしょうか?

嶋:血液凝固現象はin vivoとin vitroでは評価の意味が全く異なると考えていました。また単一因子を単一の評価系で測定するだけでは全体の凝固メカニズムはわからない、と認識しており、新しい機器、新しい試薬、新しい考え方を導入し、凝固全体を評価するグローバルアッセイ系を確立していました。
 第2世代の抗体は、血友病A血漿のAPTTを完全に正常化するほどの高い活性を示していましたが、奈良医大でグローバルアッセイにより凝固全体を評価すると、それほどまでの活性値を示しませんでした。並行して、最新の手法を用い実験事実を着実に見いだしていったことが、そのあとの大きな成功に活かされていきました。

北沢:ただ単に万単位の抗体の作製をしたから成功したわけではありません。大事なことは、第2世代に用いて いた評価系では本プロジェクトはうまくいかないと、失敗から学ぶことができたことです。そこで第3世代では、これまで中外製薬と奈良医大で積み上げた実験事実を踏まえて抗体選抜の指標を変えました。グローバルアッセイ系を含むいくつもの評価方法を用い、それらの結果を複合的に考えて、約4万個作製したバイスペシフィック抗体からのリード抗体選抜と、そのあとの抗体改変をしていきました。このことが成功した一番の理由だと思います。

井川:さらに実用化を考えた場合、バイスペシフィック抗体を医薬品製造現場で高品質で効率的に量産化することが当時は確立されていなかったことも大きな課題でした。自分たちでバイスペシフィック抗体の製造を可能にする独自の抗体エンジニアリング技術の開発を進めつつ、早いタイミングから製造部門の研究者たちと、「こういう抗体は製造できるか、製造できないか」ということを何回も侃々諤々の議論しながら、抗体を設計したことも大きなポイントと思います。

吉岡:第3世代であるヘムライブラⓇについては、中外製薬での動物モデルによる良好な止血効果に加え、そのあと奈良医大ラボでの多くの患者さん検体を用いての良好な凝固改善効果から、「これは本当に行ける」との確信を得ました。中外製薬のメンバーが諦めず、高い技術を積み上げてさらにポテンシャルの高い抗体をつくり上げたことには、嶋先生ともども感激しました。中外製薬と奈良医大の結びつきがより強くなったと思います。
 また、ヘムライブラⓇの研究開発を国際的成功に導いた別のポイントとして、奈良医大の人的ネットワークがあり ます。国内の専門医・研究者集団に加え、研究段階で2名、国際臨床試験の前段階で2名、合計4名の世界的研究者が誠実に本プロジェクトに協力・支援を行ってくれました。これらの先生方は私や嶋先生の長年にわたる信頼できる友人であり、大きな力となりました。

◇患者さん、ご家族、医療関係者のQOLを劇的に変えた抗体医薬

◆開発されたヘムライブラⓇのインパクトはどのようなものなのでしょうか?

嶋:血友病A治療におけるインパクトは劇的です。特に、インヒビターを保有する患者さんでは、これまで確実な止血治療法がなく、関節等で出血を頻繁におこすので、血友病性関節症に起因する関節障害 が重く、車椅子生活をする場合が非常に多くなります。日常生活に大きな制限があるうえ、寝ている時もいつ出血するか常に怯えながら日々を送っています。ヘムライブラⓇはそういう患者さんを出血の苦しみや不安から解放し、車椅子で通っていた患者さんが元気に歩いて来院されるようになる等、QOLを劇的に改善しています。また、出血による救急患者の減少や、患者さんやご家族への指導時間の短縮により、医療関係者の負担も減っています

71dc308ca3d3e36933b7c97c47b732ecae17b4a9.jpg野上:通常の血友病治療では、出血予防のために製剤を週3回または1日おきに静脈注射をする必要があり、乳児の頃から病院に通い、慣れてきた頃にご両親に来ていただいて自己注射を指導しますが、これが何ヵ月とかかります。ようやく家で注射ができるようになり、10歳くらいから患者さん自身に注射を教えることとなります。
非常に長い道のりの治療です。このヘムライブラⓇは皮下注射なので、静脈注射と違い、投与に失敗することはほぼありません。しかも投与間隔も長いので、自己注射、家庭療法の導入は簡単です。ご本人のQOLもですが、ご家族のQOLも格段に上がりました。

◆今回受賞された業績は、今後のバイオインダストリーの発展や血友病治療に寄与するものと思いますが、今後の展開・抱負についてお聞かせください。

井川:ヘムライブラⓇの成功によって、抗体医薬が、阻害や細胞傷害/除去といった従来のメカニズムだけでなく、生体内の反応そのものをも制御できることがわかったこと、バイスペシフィック抗体というものが大規模にGMP(Good Manufacturing Process)で製造できることが示されたこと、これ程までに抗体をエンジニアリングしても免疫原性の高くない抗体をつくれるとわかったこと、この3つの観点で世界中の抗体創薬研究者に与えた影響は非常に大きく、実際に、本業績の存在が、世界における抗体医薬のさらなる革新と発展に貢献できているのではないかと思います。

野上:ヘムライブラⓇが血友病治療のパラダイムシフトであることは間違いありません。しかし、活性化第Ⅷ因子の作用を模倣するという前例のない抗体医薬であり、さらに市場に出てまだ2、3年の薬ですので、患者さんが本当により安全に効果的に使っていくには、解決すべき課題がまだ残っています。例えば、先ほどお話に出たAPTTという凝固の評価指標は一般的に使われているものですが、ヘムライブラⓇの評価では使いにくいので、新たに別の評価法を探索し確立してきたところです。また、ヘムライブラⓇ治療により一体どこまで激しいアクティビティができるか、というところも研究が必要です。臨床試験ではインヒビター保有の患者さんで使われるバイパス止血製剤との併用で、血栓を起こした症例が少し報告されました。この機序の徹底的解明も、奈良医大ならびに中外製薬の課題の1つです新生児については、凝固、抗凝固、制御、いろいろなバランスが微妙に大人と異なりますが、この観点のヘムライブラⓇ作用の基礎的な研究もやっていこうと思います。また学術的に、ヘムライブラⓇは、第Ⅷ因子を中心とした血液凝固システムの本質を探究する上で、有用かつ新しいツールとなります。私自身、第Ⅷ因子の研究を長年やってきましたが、ヘムライブラⓇの研究は常にワクワクさせてくれます。

◇研究に大切なことは「夢」、「喜び」、「やりがい」の3Y

◆最後に次世代を担う若手研究者に向けてメッセージをお願いします。

服部:生命医科学の研究は、純粋に面白いです。そして、研究の成果を社会実装することは、人類にとって大きな価値があります。しかし、『イノベーション』は、繰り返し挑戦し、何度も困難を乗り越えた先にしかありません。その過程の一喜一憂を、仲間とともに楽しんでください。

吉岡:医学の領域には今なお未解決の課題がたくさんあります。その課題を1つでも多く解決したいとの「夢」を生涯にわたって持ち続けて欲しいですね。それには最新の科学的知識を学び卓越した技術を身につける必要がありますが、この夢が成功した暁には大きな「喜び」が待っています。この喜びは自身の喜びであると同時に、患者さん・家族の喜びとなります。この夢である研究を貫くことは自らの人生の「やりがい」となるのです。目の前にある課題という道をまず一歩あゆみだしてみてください。その道は遠くて困難だとしても、きっと成功すると信じて歩んでください。

―心に響くメッセージですね。若い人たちが勇気づけられると思います。今日は、本当にありがとうございました。

(聞き手= JBA 広報部 大賞・奨励賞事務局)

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