サンプル非破壊型細胞評価技術
野村 暢彦
筑波大学 生命環境系
教授
技術紹介
野村 暢彦
筑波大学 生命環境系
教授
細胞の自家蛍光パターンを指標に、一細胞の解像度で非破壊的に細胞の種類を識別し、細胞の代謝状態を推測する。
「細胞評価技術」は、細胞の育種技術や、幹細胞から目的細胞への分化誘導技術、合成生物学的手法による人工細胞合成技術などの根幹をなす技術でありながら、多くの時間と労力を必要とする。例えば、有用物質高生産菌の表現系の評価には、育種した有用物質生産菌をバッチ培養し、菌体が生産した有用物質を抽出し定量する。そのため、細胞の培養時間や定量に伴う煩雑な作業が育種の律速となっている。他にも既存の細胞評価技術には、蛍光タンパク質発現、抗体染色などが存在するが、いずれも多くの場合、細胞の改変や破壊を伴うプロセスが必要で、生の細胞の性質を非破壊的かつ網羅的に評価する方法はあまり例がない。さらに、既存の細胞評価方法では、細胞集団の平均的な表現系を評価するため、増殖や分化に伴い出現する一部形質の異なった細胞の表現系は無視されてしまう。不均一な細胞集団の中から目的の細胞のみを選抜するためには、1細胞ごとに表現系を評価できる方法が必要である。
そこで我々は最近、細胞の自家蛍光パターンを指標に、「1細胞レベル」かつ「非破壊的」に細胞を識別したり、代謝状態を推測したりすることができる革新的な細胞評価技術"CRIF法(Confocal Reflection microscopy-assisted single-cell Innate Fluorescence) "を開発した1)。
細胞内のタンパク質や代謝産物は様々な波長・強弱の自家蛍光を発しており、それらを総合した自家蛍光パターンは各細胞の性質を表現する「指紋」として機能する。CRIF法は、反射顕微鏡法で細胞の位置および形態情報を2), 3)、共焦点レーザー顕微鏡法により細胞の自家蛍光情報を取得する。そして、1細胞ごとに画像解析を行うことで、体系的かつ総合的に各細胞の自家蛍光情報を抽出し、自家蛍光パターンとして再構築することにより、各細胞を識別する「細胞の指紋」を取得することができる。さらに、「細胞の指紋」 を様々な種類の機械学習に供することで、自家蛍光パターンに潜在する細胞ごとの特徴を反映した機械学習モデルを構築することができ、高精度な細胞種の識別や、代謝状態の予測が可能であることが明らかとなった(図1)。これまでの研究では、生育段階の異なる細胞の識別や、緑膿菌および大腸菌において1遺伝子が変異しただけの細胞も見分けることが可能であった(図2)。
ほぼ無限のバリエーションがある「細胞の指紋」を識別するこのCRIF方法においては、数十種類(原理的には数百種類でも)の細胞種や代謝状態が識別できる可能性がある。またこの方法は、生きたままのintactな細胞の性質を1細胞レベルで解析できるシンプルな手法であるため、様々な分野の細胞育種技術、幹細胞の分化誘導技術、人工細胞合成技術など、細胞の性質評価が必須の技術を効率化させる鍵となる技術になると考えられる。現在我々は、CRIF法のスクリーニングにおける実用化を目指し、CRIF法により細胞の性質を評価したのちに、効率的に目的の細胞を分取する技術の開発を行っている。また、日本の顕微鏡メーカーと協力しながら、CRIF法の一連のプロセス(顕微鏡観察、細胞の指紋の抽出、機械学習による細胞の性質の評価)を、ハイスループット行えるシステムの開発も行っている。将来的には、微生物、植物、動物の細胞育種などの基礎研究から、再生医療などの応用研究まで幅広い分野でCRIF法を活用できるよう、汎用性の高い細胞評価技術としての確立を目指す。
図1.CRIF(Confocal Reflection microscopy-assisted single-cell Innate Fluorescence)法の概念図
図2.P.putidaおよびP.polymyxaの各生育段階における平均自家蛍光パターン(上段)、ニューラルネットワークによる対数増殖期と定常期の細胞の分類(下段 赤:P.putida、青:P.polymyxa)
特許第6422616号 「データ作成方法及びデータ使用方法」
最終更新日:2022年11月14日 12:50