プロジェクトの概要
国連は持続可能な社会を実現するための目標SDGsを掲げ、国際社会は生物資源とバイオテクノロジーを用いて地球規模の課題と経済発展の共存を目指す「バイオエコノミー」の導入をはじめている。例えば、バイオマスをはじめとする再生可能資源を有効に利用したり、人の生活を豊かにする機能性素材や汎用化学品を環境調和型のバイオプロセスで製造する取り組みが国家レベルで戦略的に行われている。
近年、DNAシーケンシング、バイオインフォマティクス、ゲノム合成、ゲノム編集等に技術革新が起こり、今まで利用しえなかった潜在的な生物機能を引き出すことが可能になってきた。さらに、ビッグデータやロボット技術の活用による自動化、IoT化がバイオ産業の急速な進展を後押ししている1,2)。
我が国では2016年よりNEDOスマートセルプロジェクト(以降、本プロジェクト)が実施され、バイオ×デジタルの取り組みが進められている。「生物細胞が持つ物質生産能力を人工的に最大限まで引き出し、最適化した細胞」をスマートセルと定義し、スマートセルの設計図をデザインするためのバイオインフォマティクスと、設計図を具現化するためのバイオテクノロジーの要素技術が開発されている。例えば、計算機上で代謝経路設計や遺伝子発現制御ネットワーク解析を行う情報解析技術や、長鎖DNA合成技術、ハイスループットな物質生産性評価技術、ハイスループットなオミクス解析技術等の開発が進められている。これにより、微生物を用いて機能性素材の創出がこれまでにない期間、コスト、性能で開発できることが検証されてきている。
従来、微生物が産生するアミノ酸、核酸、有機酸、アルコール、ガス、脂質、ビタミン、抗生物質等は従来、食品、医薬品、酵素、化成品、エネルギー等、多岐にわたる産業で利用されてきた。
本プロジェクトでは、従来の微生物では生産できなかった新規化合物の生産、微生物の生産性の増強等、従来からの課題について、情報科学的および合成生物学的アプローチを組み合わせ、物質生産性を高度に高めた細胞(スマートセル)を創出する『スマートセル創出プラットフォーム』を構築し、課題解決のスピードアップを目指している。
このプラットフォームの基本概念として、図1に示すDBTL(Design-Build-Test-Learn)サイクルを採用している。「Design」領域では、代謝経路設計、酵素選択や改変、遺伝子発現制御を目的とした情報解析システムを組み込んだスマートセル設計システムの開発を行っている。「Build」領域では、設計したスマートセルを具現化するために、長鎖DNA合成、ハイスループットな組換え微生物構築などの技術開発を行っている。構築された微生物について、生産性解析や各種オミクス解析を行うのが「Test」領域である。得られたデータを「Learn」領域の技術である特徴量抽出に供し、その情報をあらためて「Design」に活かす。このDBTLサイクルを回すことで、微生物育種を効率化し、スマートセルの創出を行っている。
図1.DBTLサイクルの概要
なお本プラットフォームでは、酵母や大腸菌等のコンベンショナルな宿主微生物だけでなく、産業用微生物にも適用範囲を拡げている。これらの各要素技術については、個々に開発を行う面もあるが、DBTLサイクルの一貫したスマートセル創出プラットフォームを構築するために、実際に企業等がターゲットとする特定の物質について適用する検証課題を実施している。検証結果と各種データをフィードバックすることで、本プラットフォームの高度化に貢献すると共に、有効性を実証しながら実用化技術の開発を行っている。
スマートセルを使って高機能品を生産する次世代産業は「スマートセルインダストリー」といわれ、今後、工業分野、農業分野、医療・ヘルスケア分野等、様々な分野への展開が期待されている。